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おぎりんのblog:オゾン層が回復?

2023.01.31

カテゴリー:BLOG

新年に当たっての書き出しは「昨年は年間を通じて世界的に災害の多い年でしたが、記録的な、過去にない、経験をしたことがないというような枕詞がつくものばかりでした。」というものでしたが。年が明けて1月も10年に1度という寒波による災害が続きました。

中でも強く印象に残ったのは、JR西日本における長時間、乗客が列車に閉じ込められたというトラブルです。1月24日から26日に日本海側を中心に大雪となりましたが、京都府・滋賀県においても大雪となり、京都市で15cm、大津市で11cmの積雪を記録しました。そういう中、山科―高槻間で15本の列車が立ち往生。約7、000人もの方が。最長10時間近くも列車内に閉じ込められ、16人が救急搬送されるという事態になりました。

直接的な原因としては、ポイントの切り替えが、雪がつまった事により不能となり、運転が続けられなくなったという事ではあるのですが。今回の豪雪については、気象庁から比較的早い段階で発信されていましたし、各メディアも盛んに警戒すべしと伝えていました。にも関わらず、JR西日本は準備が甘かったと言わざるを得ません。実際、並行して走っている阪急・京阪の両社ではこのようなトラブルはおきでいません。また、トラブル発生後の対応もJR西日本だけで対応しようとしたようで、自治体等との連携がみられません。またJR西日本内の縦割り組織による連携不足が感じられます。

確かに、積雪したレール上を乗客に歩かせる事は、かなり難しいことではあったとは思いますが、10時間近くも閉じ込められた乗客のストレスは計り知れません。わたしなどは、前立腺がん再発時の手術の影響もあり、最大2時間から2時間半が限界。失禁しまくりとなっていたでしょう。これだけの時間となると、失禁対応のパッドやパンツでも無理です。携帯トイレも、仮に持っていたとして、列車内での使用は難しかったでしょう。人前で失禁してしまった際、人間としての尊厳が崩壊してしまうおそれもあります。

いずれにしても。事態を楽観的に予測し、少なくとも行われるべき間引き運転もせず、ポイントの雪対策も不十分、またトラブルが発生してからも、運転継続にこだわったのか、線路上の歩行による事故を危惧したのか、組織的なあるいは、組織をこえたような素早い対応は取られませんでした。

このあたりの状況は、同時期に発生した新名神高速道路における丸1日以上にわたる立ち往生と似ているものを感じます。立ち往生した車のドライバーの多くが、「道路状況をもっと早く、NEXCO中日本のサイトで情報更新してくれていれば、高速は利用しなかった。」と語っています。一般道と違い、高速道路上ではパーキングエリア以外に飲食料やトイレの用が足せません。立ち往生していた車の人たちの辛さは相当なものだったでしょう。

クライシス管理について多く発信されており、初代内閣安全保障室長であった佐々淳行さんがその著書で語られていたように「準備は悲観的に、実行は楽観的に」を改めて、認識し、対処していく必要があると思います。

それは、交通機関や自治体等だけでなく、我々も災害に対する準備怠りなく、日頃から努めていく必要があるという事でもあります。是非、災害対策を今一度意識し、一つでも準備いただければと思います。

新年早々、よろしくない話なかりなので、良い話も一つ。

オゾン層の回復です。オゾンホールの縮小とも言えます。オゾン層がなければ、有害な紫外線が直接地表に届き、DNAが傷つき、皮膚がんなどの長期的リスクが高まります。そのオゾン層の破壊は1970年代に始まり、その原因はスプレー缶や冷蔵庫、発泡断熱材、エアコンなどで使われていたフロンガス等です。1987年にそれら有害物質の使用をやめるという国際合意が成立し、それが効果を発揮したという事です。それでも2000年までは、オゾンホールが拡大していましたが、その後、回復し始め、最もひどかった南極上空でも2066年にはオゾンホール出現前に戻ると予測されています。

ギター奏者にとっては必需品ともいえるフィンガーイーズというネック上のすべりをよくする製品があります。まさに1987年頃に急に楽器屋さんの店頭から消えたので、どうしたのか?と思っていましたが、楽器屋さんの店員さんが、「ほら、オゾン層を破壊するフロンガスを使ってるからなんよ。」と説明してくれて、なるほどと思った記憶があります。

本当に、世界中の人たちが、互いに危機に対処すれば成果が上がるという一つの大きな事例だと思いますが、メディアではあまり取り上げられていません。

温暖化対策も、このように出来ないものかと思ってしまいますが、最近。専門家の方に伺ったところでは、アマゾン川流域の緑はもう復活不能らしいです。それでも、先の大統領選は非常に接戦でした。なかなか人々の意識を変化させる事は難しいですね。

この項、了。