ブログ
おぎりんのblog♪昭和の日にちなみ
2026.05.01
カテゴリー:BLOG
前月は近所のスポーツジムに入会後、着実に運動習慣を獲得しながら、ジム友の皆さんのおかげで、大切なコミュニティに。そして、すでに70回をこえるランチ会を催しているという所までお話ししました。以前にもお話ししていますが、ジムに平日デイタイムに来られている会員さんのほとんどがシニアの方々です。当然ながら、皆さん昭和生まれです。昭和、平成、令和と3元号の時代を経験しています。
4月29日はまさに「昭和の日」です。2007年から従来の「みどりの日」を引き継いでいます。激動の日々を経て、復興をとげた昭和の時代を顧み、日本の将来に思いをいたす日になっています。
という事で、昭和を振り返ってみたいのですが、さすがに大正15年生まれで満100歳の父と違い、73歳のわたしは戦後の昭和28年(1953年)生まれです。戦時経験はありません。高度経済成長期を生きてきた事は間違いのない所ですが、今回は庶民の娯楽、エンタテインメントの歴史を振り返ってみようと思います。その事により、現在の情報環境との違いを考えてみたいと思います。
SNS、特にThreadsの投稿で、「昭和の映画館で、通常料金で2作品見られたってホントですか?」とか、「そんなに長時間、映画館にいたのですか?」などという投稿が結構あります。正に映画が娯楽の中心だった頃です。
そして、その後映画からTVに娯楽の中心が移行します。しかし、現在ではTV自体を持ってない若者が増えているという事態に。とりあえず今月は、昭和の映画とTVについてお話ししたいと思います。
昭和30年代まで、邦画は5社が支配していました。東宝、東映、大映、日活、松竹の5社です。映画館もそれぞれ各社の系列館として存在していました。Threadsの投稿にあるとおり、この頃までは、それぞれの系列館での興行、2本立てで毎週作品が変わるという忙しさ。TVがまだそんなに普及していない頃は映画が娯楽の王者、わたしも小さいころ、祖母に連れられて、毎週のように映画館に通っていた記憶があります。
(現在のような入替制ではなかったので、極端な話し、一日中館内にいる事も可能でした。)
という状況だったので、邦画のスターたちは、年間に2桁以上の作品に出演しているのも常態でした。
しかし、このシステムの破綻が日活から始まります。昭和36年1月に石原裕次郎さんが、スキー事故で骨折。さらに翌月、赤木圭一郎さんが、ゴーカート事故で亡くなります。当然毎週の番組の看板が不足。小林旭さん、宍戸錠さんのコンビを解消し、それぞれ単独主演に。またやや地味な二谷英明さんの主演など、無理を重ねていくことになります。やがて行き詰まった日活は、ロマンポルノへと舵を切っていく事になります。
一方、昭和34年の皇太子、美智子様ご成婚で、TVが一気に家庭に普及します。昭和39年の東京オリムピックで、カラーTVが普及します。そして娯楽の中心が映画からTVに移行します。というように、社会的に大きなイベントや、状況や技術の進歩で、娯楽も大きく変化していくのが常です。そして、このような娯楽の変化は、情報源の変化とも考えられます。
昭和においては、もちろんインターネットはなく、SNSもありません。情報の収集はTVのニュースや情報番組、ラジオ、そしてなんと言っても新聞の信頼性は今よりも格段に高かったと思います。週刊誌もかなり硬派なものがあり、読まれていました。今もありますが、影響力は小さくなっているかと思います。
要するにマスメディアと呼ばれる媒体が、圧倒的に影響力を持っていました。もちろんその事による弊害も多くありました。一つは、情報の偏りによる世論操作、ステレオタイプ(紋切り型)の押しつけ、大企業の広告費依存による、スポンサー批判を避けるなどがあります。また記者クラブの閉鎖性や新聞社とTV・ラジオ局の系列化により、相互には、問題点を指摘しにくいなどです。
しかし、近年ご承知のようにSNSの普及・浸透により、それまでのマスメディアはオールドメディアと呼ばれ、真実を伝えていないという批判にさらされています。とはいえ、大手メディアは一応裏付けの無い、ソースの確認が取れていない情報を垂れ流すという事は、比較的少ないように思います。
逆にSNSでは、もちろん正しい情報もありますが、デマやソースの不明確な情報が垂れ流されています。SNSで流布されている陰謀論をそのまま信じてしまう人達がいる事も事実かと思います。過去のメディアに対する接触態度と異なるのは、エコーチェンバー現象が起きやすいことです。SNSを運営する企業の運営により、同じような考えをもった情報が繰返し流される事により、それこそが真実であり、他の見方や考え方を認めない事です。まさに特定の情報や思想が増幅されてしまいます。
TVなどのメディアでは、このような事が起きにくいですし、いわゆるザッピングという行為により、他の情報を知る入り口がありました。多様化という名のもとに、情報が細分化され、さらに活字離れによる正しく文章を読み解く力が不足しているなど、大局的なものの見方や正しく過去の歴史をふまえた議論などが、SNSで行われているとは言いがたい状況にあります。
今後、大きな災害も予見される中、AIの進化に伴う、デマなどの拡散も心配されます。決して昭和時代に戻りたいとは思いませんが(何故かはまた次回に)、間違った情報の拡散しやすい事だけは進歩ではないように思いますし、ある意味、過去のほうが良かったと思う事もあります。
以上
新着記事
-
2026.05.01
-
2026.04.04
-
2026.03.02
-
2026.02.02
-
2026.01.05
















